ネコと夜景とビール

Nikonのデジタル一眼レフで撮影した写真を掲載しているブログです。路地ネコ、ジャンクションなどの夜景、限定醸造ビールの写真を中心に載せています。

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群馬・栃木日帰りツアー!歴史で習ったあの「足尾銅山」を見学!

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足尾駅へ到着

 

東武トップツアーズの日帰りツアーで群馬・栃木の観光地を巡ってきました!浅草から特急で群馬県の赤城駅へ向かい、そこからはバスで富弘美術館、そして富弘美術館の最寄り駅であるわたらせ渓谷鐵道の神戸駅からトロッコ列車に乗って移動です!トロッコ列車に乗ってやってきたのは「足尾」駅。そう、日本史の授業で勉強したことがある「足尾銅山」の足尾です。

勝手に足尾は群馬県にあると思っていたのですが、実は栃木県。そして実は日光市。2006年に合併により日光市になったそうです。

 

ここまでの行程はぜひ下からご覧ください。充実の日帰りツアーです。

daiki-photo.hatenablog.jp

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足尾駅のこの線路脇やホームに生える草木がなんとも言い難い懐かしさを感じさせます。私達が乗っていたトロッコ列車は終点・間藤駅の方へと進んでいきました。次の電車がやってくるのは1時間半後のようです。これもローカル線の醍醐味。

 

 

 

歴史の授業で習った「足尾銅山」へ

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 足尾駅からは先回りしていたツアーバスで移動します。足尾駅から車で5分ほどでしょうか。徒歩でも15分から20分ほどで足尾銅山へ到着です。

歴史の授業の内容でしか知らない足尾銅山。割とつい最近まで実際に稼働していたという話を聞いて驚き。1973年まで実際に鉱物が採掘されていたそうです。学校だと「足尾銅山=公害」としか習わず、その後どうなったのかまで聞いたことなかったので純粋に驚きました。高校でも日本史は取ってたはずなんだけど、江戸時代までで時間切れだったんですよね。近代日本史はなかなか授業に収まりきらないのが残念です。。

 

 

鉱山へはトロッコで移動

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 いざ足尾銅山へと進んでいきます!銅山の入り口へは、実際に使われていたトロッコに乗っていきます。 ちょっとしたアトラクション気分ですが、坑道に入っていくところは少しドキドキ。 

 

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トロッコはそのまま銅山の坑道へと進んでいきます。坑道へ入ると非常に涼しく夏なのに肌寒さを感じるほど。

トロッコから降りると、まずは実際に坑道を見学することができます。鉄格子の向こうは実際の坑道として使われていた場所。足尾銅山の坑道は全長1200キロもあるそうで、全てをつなげると東京から博多まで届く距離だとか!サーチライトの先はまだまだ続いています。 

 

 

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 観光用に補修された坑道には江戸時代から昭和まで、それぞれの時代の様子を表す人形が飾られているのですが、これがまたリアルで小さいお子さんはびっくりするかも。鉱山での勤務の過酷さがよく表現されていました。天井が低い坑道を腰をかがめながら進んでいきます。

 

  

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 現在の「安全第一」の元となっている「安全専一」の標語。アメリカ産業界で提唱されていた「セーフティ・ファースト」を足尾銅山の所長が安全専一と訳して所内の安全活動を推進したのがはじまりだそうです。

 

 

思わぬ社会科見学になりました

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 上にも書いたとおり、実際に現地に足を運ぶまでは「足尾銅山」と言えば「公害」というイメージしかありませんでした。それでも、実際に見学をしてみれば公害が取り沙汰された明治時代だけでなく、その前の江戸時代から徳川幕府直轄の鉱山として活用されていたこと、そして割と最近まで実際に運営されていたこと。新しい発見が沢山ありました。まるで社会科見学。今回はツアーということでやってきましたが、お子さんがいらっしゃる方は歴史のいい勉強になるのではないでしょうか。実際に見てみてすごくよかったです。 

 

足尾銅山は日光市にあると上でも書きましたが、実際に日光の中心街から足尾銅山までは車で30分ほどで来ることができます。日光の観光のプランの中に足尾銅山を組み込んでも面白いかも。特に男の子はちょっと探検気分で行動を歩いて行くのも楽しそうです。

 

 

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 出口ではこのダジャレでお見送り!これもまた歴史を感じさせますね。。

 

 

 

足尾銅山 歴史とその残照

足尾銅山 歴史とその残照

 
新井常雄版足尾銅山写真帖

新井常雄版足尾銅山写真帖